将棋ファンなら知っておきたい名観戦記「散る日本(坂口安吾)」

坂口安吾「散る日本」は、第6期名人戦七番勝負第7局の観戦記です。
これ、歴史的な一局でした。

 

散る日本

 

坂口安吾「散る日本」の背景

第6期名人戦が行われたのは第二次大戦後まもなくの1947年。
木村義雄名人に塚田正夫八段が挑戦しました。

 

第6局までを終えて塚田八段の3勝2敗1持将棋。
第7局は塚田八段の名人獲得なるかという一局です。

 

木村名人は1937年に最初の実力制名人となってから連続で名人位を防衛。
「常勝木村」がついに名人位を奪われるのかという注目の一局です。

 

このあたりのことを坂口は「散る日本」でつぎのように記しています。

【坂口安吾「散る日本」】
私は名人戦が三対二と木村名人が追ひこまれたとき、次の勝負はぜひ見たいと思つてゐた。私には将棋は分らないが、心理の闘争があるはずで、強者、十年不敗の名人が追ひこまれてゐる、心理の複雑なカケヒキが勝負の裏に暗闘するに相違ない。私はそれが見たかつた。

 

将棋の中身はわからないが、勝負として興味があるので見てみたいというのが坂口のスタンスです。つづけて坂口は「勝負」について織田信長から宮本武蔵までを例に出して記しています。

 

勝負師として勝ちにこだわる木村が好き。
「私は昔から木村名人が好きであつた。」とも語っています。

 

で、いよいよ対局開始。

 

先手の塚田八段に対して、後手の木村名人が採った作戦は「ゴキゲン中飛車」。
当時はそうした言い方はなかったですが、角道を止めずに5筋の位を取る中飛車です。

 

坂口の観戦記に棋譜も掲載されているのですが、この対局、途中までは2人の以前の対局とまったく同じ進行。

 

以前の対局では先手の塚田八段が38手という超短手数で敗れています。
どこで、どちらが手を変えるのか?

 

将棋に詳しくない坂口の観戦記には技術的な内容は少ないのですが、対局場の様子などが描写されていて、このあたりも読み応えがあります。

【坂口安吾「散る日本」】
夕食後、夜になり、ガラス戸の向ふの庭が真ッ暗で、何もなくなる。
宇宙がこの部屋一ツになつたやうな緊張が、部屋いつぱい、はりつめる。

 

で、終局。
塚田八段が勝ち、木村が名人位を失いました。

 

なぜ、木村は負けたのか?
坂口なりの解説が最後に記されています。

 

これも読み応えあり。

 

この名人戦七番勝負では、千日手になった対局があったのですが、そのことについて記した坂口の見解が現在の永瀬拓矢王座の考えと似ているところがあってビックリ。そんな発見もあるのが名観戦記「散る日本」です。

 

 

青空文庫で無料で読むことができるので、まだ読んだことがない人には一読をオススメします。
ちなみに、対象となった対局の棋譜も棋譜データベースサイト「将棋DB2」で見られます。

 

青空文庫「散る日本(坂口安吾)」
将棋DB 第6期名人戦第7局(木村名人vs塚田八段)